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国民生活白書のあらまし

−−安全で安心な生活の再設計−−

経済企画庁

 平成八年度「国民生活白書」は、さる十一月十九日の閣議に報告され、同日公表された。白書のあらましは次のとおりである。

<はじめに>

 日本人は、これまで、安全で安心で経済的に繁栄した国をつくってきたと信じてきた。しかし、近年になって、日本社会の安全と安心に陰りがみられ、それを支えてきたシステムも揺らいでいるように思われる。そこで本年度の国民生活白書では、国際比較を広範に取り入れながら、日本社会と国民生活の安全と安心の状況を幅広く分析することにした。
いままで、日本が経済的に安定し、それゆえに社会の安全と安心が保たれていた要因を考えてみると、初等・中等教育が、基礎的で標準的な学力を広範に身につけさせるという観点から優れたものであったこと、企業が日本的雇用慣行により、この有能な労働力に職場訓練を与え、安定した雇用環境を実現していたことが挙げられる。失業率が低く、夫の所得が安定していたことは、離婚率や、ひとり親世帯の比率を低くすることに貢献していたと思われる。また、仕事があることは、当然に、犯罪率も低めていたと考えられる。
一方、個人の立場から、ライフサイクルに従って、安全と安心の課題を考えてみると、人は誕生し、教育を受け、仕事を求め、家庭をつくる。やがて年をとり、これまでの蓄えと年金に頼って生活し、人生の最後を迎える。この過程で、生活環境の災害、病気などの危機に遭うことも多い。そこで、教育、仕事、家庭、生活環境、病気、老後という順で、安全と安心について考えることとした。
なお、安全と安心の違いについて考えると、安全とは、命に関わるような問題であるが、安心とは、より広い概念であって、不安がなく心やすらかに生活できる状況が保たれているかどうかを指す言葉である。安全にはおのずと保たれるべき水準があるが、安心には限りがない。したがって、安心な状況をつくり出すためには、無限のコストがかかりかねない。しかし、安心の状況についての意識調査や国際比較などによって、日本のような豊かな国としてあるべき安心の水準は、おのずと限定できると思われる。本白書では、安心の限界も考慮して記述を進めた。
本年度の白書第T部では、日本の安全と安心についての現状、これまで保たれていた要因、それが崩れるとすれば、安全と安心を守るために何が必要かを分析した。
また、第U部では、一九九五年度の家計を取り巻く経済社会の動向を概観し、家計の動向を分析した。また、九五年度は、情報機器が家庭に大量に購入された年でもあるので、この動向も扱っている。さらに、全国消費実態調査により、八〇年代末のバブル前後の消費構造の変化を調べ、バブル期に消費の構造変化があったのか否かを検討する。


<第T部>国民生活の安全・安心

<第1章>教育の安全・安心

 教育は、人間としての教養を身につけ、個人の価値を大切にし、自主的精神に満ち、勤労と責任を重んじる人間の形成を期して行われるものである。国民が教育に求める安全と安心について考えてみよう。

<第1節>学力の現状

 学力については、様々なとらえかたがあるが、現在目指している教育の方向においては、単に知識の量で測るのではなく、自ら課題を見い出し、考え、主体的に判断し、課題を解決していく資質や能力ととらえる考え方に立っている。
現在の子供たちの学力の状況について一概に分析し、論ずることは難しいが、ここではいくつかの指標を用い、国際的な位置づけなどをもとに学力の状況についてみていこう。

1 学力の現状

<国際比較でみる小中高生の数学・理科の学力>

 小中高生の学力について、第二回国際比較調査の結果をみると、まず数学では中学生が第一位、高校生は香港に次いで第二位と、世界の中でも非常に高い水準にある。
しかし、理科の結果をみると、日本は一般に高い水準にあるが、学校段階が上がるにつれて相対的に低下し、高校生では調査対象十五か国の中で中位となっている。

<外国と比べ相対的に低下する英語能力>

 日本人の国際化に対応する能力の一つである英語力について、英語能力検定試験TOEFLのデータをもとにみると、他の国は上昇しているが、日本は横ばいである。
日本の得点をアジア諸国・地域の中で比較すると、一九六〇年代には中位にあったが、九〇年代に入ると低い成績となっている。(第1図参照)((アジア諸国・地域8か国のTOEFL平均点の折れ線グラフ))

2 教科書と授業時間の現状

<外国語の授業時間数が短い日本>

 中学校における一年間の外国語の授業時間をみると、厳密な比較には困難な面もあるが、日本は百十七時間であり、オランダの約三百三時間、フランスの約百七十三時間、ドイツの約百五十一時間など、ヨーロッパの非英語国の授業時間数と比較すると、かなり短い。
ヨーロッパ諸国は、母国語と言語体系が類似した英語の授業に長い時間を割いているが、日本は、日本語が英語と言語体系が異なり、ヨーロッパの諸国と比較して英語の習得に長時間を要するにもかかわらず、英語の授業時間は短い。

<第2節>学校の安全・安心

 生まれたばかりの子供は、肉親に囲まれて成長し、やがて学校に通い、多くの人々と関わり成長していく。子供たちが最初に体験する「小さな社会」である学校は、子供たちにとって安全で安心できる場所であるのかを検討する。

△いじめの状況

 現在、深刻な社会問題となっているいじめは、日本だけの問題と考えがちであるが、多くの先進国で深刻な社会問題となっている。

<中高生の三割はいじめに対して無抵抗>

 いじめられた子供たちは、小学生の約半数が、「やめるように言ったり、さからう」と抵抗するが、学校段階が上がるにつれてその比率は減少し、中高生の三割が「黙ってやられる通りにしている」と、いじめに対して無抵抗である。
また、いじめる側の反応としては、「おもしろかった」が学校段階が上がるにつれて増加する。反面「かわいそうだと思った」や「後でいやな気分になった」は学校段階が上がるにつれて減少しており、子供たちのいじめは、学校段階が上がるにつれて罪悪感が薄れる傾向にある。

<第3節>高等教育の状況

 大学は、より広い視野と、より高い職業能力を持つ人材を育成するものとして機能しているだろうか。この点について経済的観点からの分析を試みる。また、大学は教育機関であるとともに、研究機関としての性格も持っている。教育機関、また研究機関としての大学について分析を試みる。

<団塊の世代で大きく低下した教育の投資効果>

 大学教育を受ける目的のうち、将来の高い所得に対する期待に着目すると、教育費の支出は、将来得るであろう所得に対する投資であると考えることができる。その投資効果について、高校卒業後すぐに就職する場合と、大学で四年間教育を受けて就職する場合を比較して試算する。ここでは、大学卒、高校卒の両者に対し、就職後稼得した実質賃金から教育に要した費用を控除したものをすべて貯蓄するものと仮定し、大卒者と高卒者の退職金を含めた所得が同一になる利子率を教育の収益率と考える。
その結果、一九三五年生まれでは十一・一%、五〇年生まれでは八・一%、六五年生まれでは九・〇%と、三五年生まれに対し、教育の収益率は大きく低下した。
本章では、教育についての安全・安心について検討を行った。日本の小中高生の学力は、これまでの教育により、世界でもトップクラスのものとなっているが、語学力についてはアジアの中で低い位置にある。
いじめ、校内暴力、登校拒否、体罰等の問題については、その解消に向けて様々な取組が行われているものの、なお憂慮すべき状況にある。
日本の教育の安全・安心のために家庭、学校、地域等の協力によるいじめの防止、社会で必要とされる技能に対し、教育機関が今後一層敏感になることが求められている。


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<第2章>仕事の安全・安心

 日本的雇用が社会の安心をつくり出してきたことは事実である。雇用が安定しているという安心と、所得が年功的に上昇し、結果として生活の必要に応じて所得が支払われることになるという安心は、これまで結果として国民生活の安心をもたらしてきた。それが崩れるとすれば、個人と社会は、今後どのような対応を迫られるのだろうか。

<第1節>国際的にみた日本の雇用

 雇用者数、実質賃金、失業率について、日、米、欧の長期的動向を比較すると、日本はヨーロッパ同様、実質賃金が上昇し、雇用も増加している。しかも、欧米に比べて雇用の変動も小さく、失業率も低かった。概して日本の雇用情勢は欧米に比べて良好であった。
長期雇用や年功賃金に代表される日本的雇用を国際的にみると、日本の男子労働者の勤続年数は、アメリカ、イギリスと比較すると長くなっている。また、年功賃金カーブを国際的に比較すると、ブルーカラー、ホワイトカラー共に日本の年齢別賃金カーブは各国に比べ急である。さらに、年齢別賃金カーブを企業規模別にみると、小企業においても年齢別賃金カーブの傾きは急であり、中小企業労働者にも年功賃金が適用されている。

<第2節>若者の雇用と中高年の雇用

 企業は一九九〇年代に入り、中高年層の賃金の伸びを抑えている。高卒、大卒別に八〇年以降の年齢別賃金カーブの推移をみると、いずれも中高年四十歳代を中心に下方にシフトしており、年齢賃金カーブが緩やかになっている。しかし、これを学歴計でみた場合には、下方シフトは確認できなくなる。これは、労働力構成の高学歴化によって、各年齢階級の平均賃金が上昇したためである。
さらに、賃金カーブを学歴別にみた場合でも、五十歳代後半以上の年齢階級では、賃金の低下がほとんどみられない。この理由は、八〇年代半ば以降、六十歳定年制の導入が進んだことによる。一般に、定年後、離職して再就職する際、賃金の低下が伴うことが多いが、定年年齢の延長によって勤続年数が長期化し、五十歳代以上の労働者の平均賃金は結果として高まった。

<第3節>女性の雇用

 日本的雇用慣行が女子労働者に適用されているか、まず平均勤続年数でみると、女子の平均勤続年数は七・四年とアメリカ、イギリスよりは長いものの、ドイツ、フランスより短く、国際的にみて特に長くはない。
次に、年功賃金について、国際的に年齢別賃金カーブを比較すると、ブルーカラー、ホワイトカラー共に、日本も各国同様に年齢の上昇に伴う賃金上昇はみられない。
大半の女性に日本的雇用が適用されてこなかった中で、専門的・技術的職種に進出する女性が増大してきた。専門職は、出産・育児・介護による一時退職によって仕事の上で不利になることも少ない。薬剤師や小中学校の教師は、女性の占める割合がそれぞれ約六割、約五割となり、女性が比較的多い職業として定着している。司法試験合格者も一九八〇年代後半以降増え始め、最近では二〇%を女性が占めるようになった。その他、歯科医、医師、公認会計士、証券アナリストなどに占める割合も着実に増えている。

<第4節>日本的雇用慣行の今後と個人の生き方

 日本的雇用制度研究会「日本的雇用制度アンケート調査」により、企業に対して、賃金に見合うだけの貢献をしていないと思われる社員の割合を年齢階級別に聞いたところ、中高年層ほど高くなっている。(第2図参照)((賃金に見合うだけの貢献をしていないと思われる社員の割合の企業回答分が棒グラフで、給与以上の貢献をしていると考えている労働者の回答分が折れ線グラフで示される))。しかし、会社への貢献と給与とが見合っている、または貢献が給与以上であると答えた労働者は、いずれの年齢階級においても高く、ほぼ九割前後となっている。
今後転職が増加すれば、会社が労働者に訓練を行うインセンティブは弱まり、労働者は自ら他の会社でも通用する能力の形成を考えなければならなくなる。また、こうした変化に伴い、これまであまり重視されていなかった大学等における職業能力を高めるための教育へのニーズが高まっていくだろう。
若者も中高年も雇用環境が悪化している。企業は、これまでの賃金制度、退職金・企業年金制度の年功的性格を変更しようとしている。企業は、雇用調整については慎重な態度を示し、長期雇用を守ろうとはしているが、労働者はあまり会社を信頼していないようである。年功賃金体系が変化していくことは、日本的雇用が適用されていなかった女性にとってのチャンスとも考えられる。既に専門職への進出にみられるように、女性が自ら活躍の場を求める動きも、今後さらに高まっていくものと思われる。
個人にも新しい生き方が求められている。会社によらず、会社外で通用する技能を身につけることが、仕事の安心のために必要となっている。また、生計費の上昇とともに増加する年功賃金をあてにすることなく、生活を設計することが生活の安心のために求められている。


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<第3章>家族の安全・安心

 家族は社会の最も基本的な単位であり、生活の糧を得、子供を生み育て、老親を介護し、精神的やすらぎを与え、文化を継承してきた。特に、子供にとって、家族は自分を保護し、安心を与えてくれる必須のものである。
社会の安全・安心のためには、家族の安全・安心が保たれていることが必要であり、家族の機能の崩壊は、当然に社会を崩壊させる。

<第1節>家族の状況

 日本は、ひとり親世帯が増えてはいるものの、その比率は小さく、貧困の女性化現象も起きていない。法的手続を踏んで結婚する人が多く、事実婚は少ない。しかし、日本でも、離婚率が徐々に高まり、ひとり親世帯が増加するなど、諸外国ほどではないが変化している。

<第2節>家族観の国際比較

 日本の家族は、生産の主体から精神的結びつきを中心としたものに変わってきている。国際的な意識調査により、家族の安全・安心に関する家族観をみていく。

<離婚に対する意識>

 どの国でも離婚率が高まっている。二十二か国の共同プロジェクトである「国際社会調査」(一九九四年)で「子供がいれば夫婦仲が悪くなっても別れるべきではない」かと尋ねたところ、日本は男性の六一・七%、女性の五二・三%が賛成しており、子供はかすがいとなっている。これに対し、アメリカは男性が一九・二%、女性が一一・二%賛成しているにすぎない。ヨーロッパ諸国もほとんどがアメリカと同じ水準にある。
男女年齢別にみると、アメリカは年齢によっても全く差がみられず、日本は男女共、年齢の若い人ほど「子はかすがい」意識が薄れており、三十歳代の女性では三〇・六%が賛成しているにすぎない。ヨーロッパ諸国では日本とほぼ同じ傾向があり、年齢の若い人ほど「子はかすがい」意識が薄れている。

<薄れている役割分担意識>

 離婚についての考え方がより柔軟になるとともに、男女の役割分担意識も流動化している。「国際社会調査」で「男性の仕事は収入を得ること、女性の仕事は家庭と家族の面倒をみること」という役割分担についての考え方を尋ねると、日本では、男性の四三・八%、女性の三五・四%が賛成している。アメリカでは、男性二五・八%、女性一七・五%と日本より少ない。特に、七七%の女性が働いているスウェーデンでは、アメリカよりさらに少ない。
役割分担意識を男女年齢別にみると、日本は男女共若い人ほど賛成が少ない傾向がある。二十歳代の女性で賛成する者は二一・六%にすぎず、同じ年代の男性を大きく下回っている。アメリカも日本と同じ傾向にあり、同じ年齢でも男女の差が大きい。
家族形態の多様化が進み、外で働く妻が増える中で、離婚や男女の役割分担に関する意識も変わりつつあるが、家族の安全・安心が大切であることには変わりはない。

<第3節>夫と妻の安心

<家族とのつながり>

 戦前は夫が名実共に家長であり、権威を持っていた。戦後はサラリーマン化して家庭が生産の場ではなくなったため、家族が夫を助けて共に働くことは少なくなった。これにより、一九七〇年代央までは専業主婦が増加したが、その後第三次産業の発達に伴い、パートタイムを含め女性の雇用機会が増大し、家庭の外で働く妻も増えている。
さらに、単身赴任などで、夫が家族と離れて暮らす場合も少なくない。全国の約一万四千の事業所を対象とした調査によると、単身赴任者数は着実に増加し、九五年には三万七千人となっている。帰宅時間の遅さに加え、単身赴任が増えて、家庭内で夫が過ごす時間は少なくなっている。

<女性が仕事を持つことの意味>

 次に、女性が仕事を持つことに対する意識をみてみよう。
「国際社会調査」で「女性が自立するためには、仕事を持つのが一番良い」、「今日では多くの女性が、家計を助けるために働かざるを得ない」か尋ねたところ、多くの国では男女共「自立」のためより「家計」のために働かざるを得ないという意見のほうが多い。(第3図参照)((女性は自立のためよりは家計のために働いているという男女別、各国別の折れ線グラフ))。意識の上でも、女性は家計補助のために働き出していることが確認できる。
家族を巡る社会経済情勢が変化し、家族形態や家族観も変わっている。働く妻が増加し、家族の精神的な結びつきの重要性が高まっている中で、家族の絆を保つために、家族一人一人、特に夫と妻が従来の役割分担にとらわれることなく、努力することが求められている。


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<第4章>生活環境の安全・安心

 社会の安心のためには、国民の身近な生活が、安心なものでなければならない。住宅が、妥当な価格で利用できるだろうか。地震・災害から、国民は守られているだろうか。危険な商品や公害から、守られているだろうか。また、私たちは、良好な環境を子供たちに残していくことができるだろうか。日本の犯罪を、世界的にみても少ないままに保っていくことができるだろうか。これらの関心事について、国際比較と時系列比較によって生活の安全と安心を守っていくために何が必要であるかを考えたい。

<第1節>住宅の安全・安心

<国際的に、広さで劣る日本の住宅>

 欧米諸国と比較して日本の住宅をみると、一人当たり床面積については、日本は三十・九平方メートルで主要国中最低の水準にあり、アメリカの半分の水準でしかない。借家の一戸当たり床面積は四十五・一平方メートルと、主要国中最も低い水準となっており、アメリカの四割の広さにすぎない。

<国際的にみると、まだ高い住宅価格>

 一平方メートル当たりの戸建住宅価格(円換算)で比較すると、東京、大阪共、主要都市の中で最も高く、ニューヨークと比べて七倍以上の価格差がある。さらに、住宅を購入するために何時間働かなくてはならないかと考えると、東京、大阪では主要都市の中で最も長く、ニューヨークと比べて、三・七から五・〇倍の時間となる。
住宅の広さについては、時系列的には着実に改善しているものの、国際的にみると低い水準にあり、特に、借家の居住水準が著しく低くなっている。また、住宅価格はバブル崩壊後、低下しているものの、国際的にみれば、住宅価格、アパート家賃共、主要国中で高水準にある。今後とも、良質な住宅・良好な住環境の整備を図っていくことが求められている。

<第2節>地震の安全・安心

 一九九五年の阪神・淡路大震災の被害を振り返り、地震からの安全・安心の方策を検討する。

<死者の少なかったノースリッジ地震>

 阪神・淡路大震災の死者は六千三百八人、行方不明者は二人にのぼり、一つの災害で、戦後のいずれの年の自然災害による死者・行方不明者総数をも上回る大きな被害を記録した。
この被害状況を、九四年一月にロサンゼルス市で発生したノースリッジ地震と比較してみると、阪神・淡路大震災の方が地震の規模、被害の状況共に大きい(第1表参照)。阪神・淡路大震災は負傷者、被災建物がノースリッジ地震の五倍前後であるが、死者は百十・七倍と特に大きくなっている。
今回の地震の教訓の一つは建築物の耐震性をいかに確保するかである。古い建築物でも少なくとも生命は守れる耐震性が最低限必要とされる。
防災に関しては、自分の身はまず自分自身で守るという意識を持つことも重要である。また、阪神・淡路大震災では、発生から三カ月間で延べ百十七万人がボランティアに参加した。地域連帯意識を持ち合わせることも、防災対策として欠かすことはできないであろう。

<第3節>消費の安全・安心

 個々の消費者は、商品や取引の安全性について判断する情報や能力が、事業者より劣っている状況にあるため、消費者を支援し、消費生活の安全・安心を確保することが重要である。

<認知度の高まるPL法>

 一九九五年七月から施行された製造物責任法(PL法)は、被害の円滑かつ適切な救済という観点から、製造業者に「過失」がなくても製品の「欠陥」があれば賠償責任を負わせることにより、被害者の立証負担を軽減するという趣旨で導入された。製造物責任制度の導入以前に比べ、製造物責任法の周知度が高まってきており、製造物責任法が浸透してきていることがうかがえる。
消費者の安全を守るためには、事業者に対して契約の条件や内容を消費者に十分に説明することが求められる。消費者自らも契約の条件や内容を理解し、その安全性に十分留意し、消費者被害に関する情報などを入手していくことが大切である。

<第4節>環境の安全・安心

 生活に適した環境を次世代の子供たちに残していくためには、環境への負担を最小限に抑え、自然と共生できるようにすることが大切である。

<関心が高まる地球環境>

 総理府「環境保全とくらしに関する世論調査」(一九九五年)等により環境への関心分野をみると、近年は地球環境問題への関心が高まっている。地球温暖化に対して、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量の削減が重要な課題となっている。
二酸化炭素について、我が国の排出量をみると、一人当たり排出量では少ない方にあり、特にGDP当たりでは最も少ないものの、排出総量では世界第四位である。
人間の生活は環境の恵みを受けている。我が国でも国民一人一人が自分自身の日々の生活と環境との関わりを認識し、その自覚にたって行動することが不可欠である。

<第5節>社会の安全・安心

 我が国は治安が良いといわれていたが、近年は社会の安全・安心が大きく脅かされている。

<暴力団以外へ広がる銃器>

 銃器の押収丁数はこの数年大きく増加しており、一九九二年以降、暴力団勢力以外からの押収丁数の割合が大きく上昇し、一般の国民生活の中にけん銃が流入しつつあることが予想できる。
どのような生活も生活環境が将来にわたり安全・安心を満たしていなければ、もろく壊れやすいものである。生活の豊かさを自由や快適に向けるだけでなく、安全・安心にも振り向け、これを確保していくことが必要であろう。


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<第5章>医療の安心と老後の安心

 病気になり、働けなくなることは、古くから困窮の大きな要因であり、大きな不安の元だった。また、年をとれば病気にかかりやすくなり、働くことが難しくなる。公的年金と国民皆保険制度は、国民をこれらの不安から、ある程度解放したが、高齢社会の到来とともに、財政負担の問題が大きくなっており、国民の不安も高まっている。
一方、日本の高齢者は能力もあり就労意欲も高く、また貧しい高齢者も多いものの、多くの資産を保有している高齢者も多い。
医療、年金、福祉のあり方と、高齢者の能力と資産を活用するための方策を検討する。

<第1節>医療の安心

<国際的にみた日本の医療水準>

 国民医療費を高齢化率(六十五歳以上人口の総人口に対する比率)を考慮してみる。日本は一九八〇年代央まで、高齢化率の上昇とともに国民医療費の対GDP比も上昇し、その後ほぼ横ばいの状況にあったが、九一年以降上昇している。しかし、欧米諸国では高齢化とともに医療費が増大している。日本は、国際的に例をみない速度で高齢化が進むと予想されており、今後医療費が増大し、対GDP比も上昇していく可能性も大きい。

<国際的にみた日本の薬剤使用水準と価格>

 国民医療費に占める薬剤費の比率を、厚生省保険局資料でみると、日本は二九・五%であり、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスと比べて最も高い。また、一九九三年の一人当たりの薬剤費をみても、日本は五万七千五百八十九円で最も高い。
さらに、にほんでは使用した薬剤費の額が多いだけではなく、薬価、すなわち薬の値段そのものも高い。大阪府保険医協会調査(一九九四年)によると、日本の薬価は、アメリカの一・一倍、ドイツの一・四倍、フランスの二・七倍、イギリスの二・七倍である。(第4図参照)((日本の薬の内外価格差の棒グラフ))。

<高額医療機器>

 日本の医療機器の販売価格は、欧米諸国に比べて高額である。例えば、MRIは、日本の販売価格が二億五千万から四億三千万円であるのに対し、アメリカ、ドイツ、フランスでは二億円程度である。

<老人医療から老人福祉へ>

 高齢者の長期入院の背景に、治療よりもむしろ介護を必要とする高齢者が長期間病院に入院する、いわゆる「社会的入院」の問題が挙げられる。高齢者が一般病院に入院する月当たりの費用は、特別養護老人ホームの約二倍となっており、高価な医療資源が費やされている。(第5図参照)((各医療サービスの平成7年度ベースの単価が棒グラフで、最低居室面積が折れ線グラフで示されている))。
病院は病気を治療するための施設であり、介護が必要な高齢者が、長期にわたって入院することは、高齢者自身にとっても望ましいこととは思えない。特別養護老人ホーム、老人保険施設、療養型病床群、一般病院の最低居室面積を比較すると、介護形態をとる施設ほど広く、居住水準が向上している。要介護となった高齢者の立場からも、医療機関ではなく、介護体制の整った施設で介護サービスを受けることが望まれる。
にもかかわらず、「社会的入院」が広範に行われる理由として、在宅、施設介護サービスが量的にも質的にも不十分であることが挙げられる。なお、介護を行う施設である特別養護老人ホームと老人保険施設の定員数は、合わせて二十九万二千人(厚生省大臣官房統計情報部調査、一九九四年)であるのに対し、要介護老人は百四十一万六千人である。
また、全体の医療費は高額であるが、医療機関の利用者負担は月三万九千円である一方、特別養護老人ホームの場合、本人と扶養義務者の収入に応じた利用者負担となるため、高額所得者層にとって重い負担(年収八百万円の平均的サラリーマン世帯で老親が厚生老齢年金受給者の場合、月十九万円の負担)となることから、医療機関を利用するという側面がある。

<第2節>介護の安心(省略)((原本のまま))

<第3節>年金の安心

 人口の高齢化の進行とともに年金給付費が増大しており、公的年金制度は、保険料等の負担が高まることが予想されている。年金制度について、そのコストも視野に入れた安心できる年金制度、あるいは老後生活の安心を確保するための方法について考察する。

<高齢化の進展等に伴い負担が高まる日本>

 給付額と負担額の関係を日本およびヨーロッパ諸国についてみると、ヨーロッパ諸国と比べて給付はほぼ同水準にあるのに対し、負担が低いことがわかる。また、年金受給世代と現役および将来世代との間で、若い世代ほど年金給付に対する年金負担比率が高くなっている。
今後、本格的な高齢社会を迎えるに当たって、給付と負担のバランスを確保し、将来世代に過重な負担を課さないことが重要な課題となっている。

<年金、医療、福祉の効率化>

 高齢化の進展に伴い、年金、医療、福祉などの社会保証給付費は増加を続け、財政負担も大きくなっている。
今後、さらに国民負担が増大していくことを避けるために、社会保障制度の効率化が求められている。

<第4節>高齢者の能力と資産の活用

 今後、働きたい高齢者が安心して働けるような就業機会の確保、あるいは高齢者の資産を活用することにより、老後の安心を高めることができるのではないだろうか。

<向上する高齢者の能力>

 高齢者の能力全般についてのデータはないが、五十五歳および五十九歳の体力と平均余命との関係の推移をみると、男女共、平均余命の上昇に従って体力も向上している。しかし、現在の高齢者は勤労意欲が高く、能力も向上しているのにもかかわらず、その雇用環境は、かなり厳しい状況にある。
就業機会の確保のためには、これまでの年功賃金体系の見直しも必要となっている。政府側の対応としては、高齢者の勤労意欲を阻害しないよう留意することが必要である。
高齢者は、現役世代に比べて、多くの資産を保有しているが、資産のかなりの部分が宅地などの実物資産で占められている。また、フローはなくてもストックは持っている高齢者も存在しており、資産のフロー化が必要である。
今後、本格的な高齢社会を迎えるに当たって、老後生活の安心を確保するために、年金、医療、介護の組合せによる福祉制度の効率化に加え、高齢者の能力や資産を活用することが必要である。


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<第U部>一九九五年度を中心とした家計の動向と消費構造の変化

<第1章>最近の家計動向

 家計を取り巻く経済環境の変化や、家計の収入、消費、貯蓄の動向について概観する。特に規制緩和と物価の関係などについてみる。

<家計を取り巻く経済情勢>

 一九九五年度の我が国経済をみると、経済成長率は二・二%増となった。物価はさらに安定基調を強めており、国内卸売物価〇・八%の低下等を受け、消費者物価は〇・一%低下している。雇用情勢については改善の動きがみられるものの、完全失業率が九六年四月から六月期で三・五%と調査開始以来最高の水準となるなど、厳しさが続いている。

<規制緩和と物価>

 実際に最近規制が緩和された商品・サービスのうち自動車整備(定期点検)費、ガソリン等でおおむね規制緩和を契機に価格は低下傾向にある(第6図参照)((車検制度の見直し、輸入ビールの自由化、ガソリンの輸入自由化についての、価格の変動の折れ線グラフ))。
規制緩和により、競争阻害要因が除去され、生活コストが低減し、消費者に大きな利益がもたらされている。


<第2章>消費の構造変化

 バブルの発生およびその崩壊は、家計の消費行動や消費構造に変化をもたらしたのだろうか。バブル前後を含めた中長期的視点から、分析する。

<バブル前後で大きな変化のみられない消費と所得の関係>

 勤労者世帯の消費性向は、世帯要因などを考慮すると中長期的に変化は小さく、バブルのころの金融資産効果も、勤労者世帯の消費性向を大きく上昇させるには至らなかった。

<バブル期に増えた自動車、教養娯楽用耐久財>

 耐久財は購入後、数年間はそのサービスを享受できるので、所得の増加時に購入し、その後しばらく減少することが考えられる。耐久財について、バブル前後の動向をみると、自動車および教養娯楽用耐久財は、バブルのころ拡大し、その後縮小している(第7図参照)。
このように、バブルのころ、購入が増加した耐久財もある。しかし、消費支出全体でみれば、構成比としては小さく、構成比を大きく変えるには至らなかったといえよう。


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<むすび>

 これまで日本では、「水と安全はただ」といわれてきたが、その安全について、多くの人が不安を感じ始めている。その背景としては、一九九五年の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、九六年夏の病原性大腸菌O−157による集団食中毒事件などがある。
また、日本的雇用慣行を取り巻く環境の変化や、少子・高齢社会に向けての年金や医療・介護などの問題は、人々の生活について漠然とした不安を高めているように思われる。

△充実の望まれる教育

 日本の初等・中等教育は、基礎的で標準的な学力を広範に身につけさせるという観点からは、国際的にも優れたものと評価されてきているが、諸外国の教育水準の向上により、優位性が低下している指標もみられる。
英語能力も相対的に低下している。日本人は、「読めるが話せない」といわれているが、「読む」能力も高いわけではない。詰め込み教育の弊害が指摘される中で、学校段階が上がるにつれ、国語、算数、数学、理科を「嫌い」と答える者が増えている。学校の教科書は薄くなっている。国際的にみて日本の学校の登校日数は多いが、授業時間は長くはない。
外国語の授業時間数は、フランス、ドイツより短い。いじめも深刻な問題となっている。
多くの学生が大学の授業に様々な要望を持っており、資格試験や語学のために大学外の講座に通う学生も多い。もちろん、大学も自己改革に取り組み、研究機関としてのレベルを維持するために努力している。
日本の教育の安全と安心のために、いじめの防止、教育機関が社会で求められる技能について鋭敏になることが望まれている。

△日本的雇用に代わる仕事の安心を

 日本的雇用が社会の核であり、生活の安心をつくり出してきたことは事実である。雇用が安定しているという安心と、所得が年功的に上昇し、結果として生活の必要に応じて所得が支払われる面が強いという安心は、これまで結果として国民生活の安心をもたらしてきた。しかし、バブル崩壊後の低成長において、企業では、日本的雇用を一部見直す動きが盛んになっている。
多くの企業が、中高年の労働者を給与ほど会社に貢献していないと思い、「終身雇用」を維持するためには、年功賃金カーブを低下させるしかないと考えている。労働者も、企業に対して醒めた見方をするようになっている。
日本的雇用の部分的変化によって、これまでの安心は変わりつつある。会社によらず会社外に通用する技能を身につけることが、仕事の安心のために求められている。
政府においても、労働者の保護等にも留意しつつ、民間有料職業紹介事業の取扱職業の範囲を見直すなど、参入しやすく転出しやすい労働市場を形成することが求められている。

△共に働き、共に家庭を築く家族へ

 家族は社会の基本的な単位であり、生活の糧を得、子供を生み育て、老親を介護し、精神的やすらぎを与え、文化を継承してきた。日本の家族の状況を、国際的にみてみると、離婚率やひとり親世帯の比率は、他の欧米諸国と比べれば低いものの、急速に上昇している。また、単身赴任という他の国ではあまりみられない現象もある。
「男は仕事、女は家庭」という伝統的分業関係は、家族の絆を安定させていたかもしれないが、現実に多くの女性が働いている。ほとんどどこの国でも、男性も女性も、「女性が自立するためには、仕事を持つのが一番良い」と答えるよりも、「今日では多くの女性が、家計を助けるために働かざるを得ない」と答えている。
家庭は、生産の主体から精神的な結びつきを中心としたものに変わっている。また夫と妻が共に外で働き、共に家庭を築く家族が増えている。家族が変わる中で、家族の絆を保つために、家族一人一人が、夫と妻が、これまでの役割分担にとらわれることなく努力することが、家族の安全と安心のために望まれている。

△安全と安心のためにも振り向けられるべき豊かさ

 社会の安心のためには、国民の身近な生活が、安全で安心なものでなければならない。
日本では、危険または修理不能な住宅の比率が高く、災害に対して、脆弱な状況にある。
バブル崩壊後、住宅価格は低下しているとはいえ、国際的にみればいまだ高い。
一九九五年一月の阪神・淡路大震災は、日本が地震や災害に常に直面する脆弱な国であることを改めて認識させた。阪神・淡路大震災と九四年ロサンゼルス市で起きたノースリッジ地震とを比較すると、阪神・淡路大震災では、建物が五倍しか被害を受けていないのに、死者は百十・七倍となっている。
製品の欠陥により生じた被害からの救済を容易にするために、製造物責任法が施行された。消費者を支援し、事業者と消費者の格差を縮小していくことが必要である。
人間の生活は環境の恵みを受けている。良好な環境を子孫に残していくことは、安全と安心の基本である。
日本は依然として、国際的にみて安全な国であるが、一般国民の中にけん銃が流入しつつある。また、海外で議論されているように、最近の若者の雇用情勢の悪化が、犯罪の増加に結びつく可能性も否定できない。
豊かさを、快適さの増大に振り向けるだけでなく、安全と安心のために費やすことも、求められている。

△安心のために必要な福祉の効率化

 年をとり、また、病気になることは、大きな不安の元だった。国民皆保険や国民皆年金によって、国民の安心は高まったが、高齢化に伴う介護の負担とも合わせて、財政負担の問題が大きくなっており、老後の生活設計について再び国民の不安が高まっている。
医療と老後の安心のために、国民の享受している医療水準を落とさずにその費用を削除する可能性や、医療、介護、年金の組合せによって、より少ない負担でより豊かな高齢社会を実現する必要が高まっている。
日本の高齢者は、勤労意欲も高く、働く能力があるにもかかわらず、雇用環境は厳しい状況にある。大企業ほど、高齢者の賃金が高いことが定年延長の妨げになっていると答えている。柔軟な賃金制度によって、働く意欲のある高齢者の就業率を低めないことが必要である。また、貧しい高齢者も多いが、多額の資産を持つ高齢者も多い。高齢者の能力と資産の活用により、高齢社会の安心を高めることが必要である。
社会の高齢化によって財政負担の問題が大きくなっているといわれるが、財政が負担するとは、政府が負担することではなく、現在または将来の国民一人一人が、税金、保険料によって負担することにほかならない。福祉を合理化、効率化するとは、福祉を削減することではなく、将来のために福祉の安心を高めることである。

△新しい安心のために

 これまで日本の社会の安全と安心を支えてきた条件は変わりつつあるのかもしれない。しかし、新しい状況の中でも、これまで以上の安全と安心を保つことは可能である。事実に目を向け、制度を合理化し、豊かさを、安全と安心のために振り向けることが求められている。


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