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              目を閉じて読むということ
                          岩下秀明 
 一口に視覚障害者と言っても、幼いころから目が見えない人と、人生の半ばを過ぎてから
目が見えなくなった人とでは、いろいろな面で違いがあるものです。
 文字を読むことに関しても、両者にはずいぶんと違うところがあると思います。幼いころ
から目が見えない人は、指を目のようにして点字をスラスラと自然に読んでいきますが、人
生の半ばを過ぎてから見えなくなった私の指はそうはいきません。文字を目で読む習慣が身
についてしまっている私は、全然目が見えなくなった今でさえも、目で見て読むという奇妙
なことをしているのです。いったいそれはどういうことかと言いますと、指で点字を触れて
点字のポツポツのかたちを感じとって、頭の中のどこかでそのポツポツのかたちを映像とし
て映し出して、その映像を心の中の目で見ることにより文字として認識して、ようやく文章
として理解するというようなことを無意識的にしているのです。要するに、指で触れた感覚
を目で見る感覚に変換するというまわり道をしているので、いつまでたっても点字をスラス
ラと読むことができるはずがありません。すでに脳みそ自体が目で見て読むという構造にな
っているので、指で点字を触れる感覚だけで直感的に点字を理解しようという努力をしても
限界があるようです。
 それに、今までは漢字カナ交じり分の世界だったのが、カナだけの世界になってしまった
ということも、読書をするうえでの障害になっています。本に書かれている文字がすべてカ
ナであるということを創造してみてください。点字には分かち書きがあるとはいうものの、
視覚障害の初心者にとっては、点字の本というものは長々としたカタカナの電報を読んでい
るようなものなのです。

 漢点字という漢字カナ混じり分の点字がありますが、私にとって、これはとても親しみの
もてるものでした。でも、一通り漢点字を勉強して、どうにか読むことができるようにはな
ったのですが、やっぱり一冊の本をそれで読み通すことはとても大変です。
 そんなわけで、今は仕事に必要な資料については点字で読んでいますが、お気に入りの作
家の本を点字で読み通したことはありませんし、そのようなことをする気にもなりません。
 そこで、対面朗読とか録音図書の出番になります。しかしこれも試練の道でした。第一番
目の試練は睡魔との戦いです。授業中に先生の話を聞いているとウトウトしてくるという学
生時代の習慣が身についている私は、今でも対面朗読の最中にカクンと頭が垂れて「ハッ」
として「寝たの気づかれなかったかなァ」とヒヤヒヤしたり、録音図書を聞いていて眠って
しまい、いつのまにかテープが終わっていて、また最初に巻き戻して聞きはじめたらまたい
つのまにか終わっていたことなどはしばしばです。

 第二の試練は馬耳東風との戦いです。録音図書を利用するようになった最初のころは、た
とえ眠らずに聞くことができても、何が書いてあったのかさっぱり記憶に残っていないこと
が多かったように思います。でも心を集中して聞く訓練を重ねれば、目で読むときのように
理解力がついてくるものです。本を読み聞かせてくれる母親の声やラジオの朗読番組などを
聞いてイメージを頭に思い浮かべるというようなことは幼いころから自然にやっていたこと
なので、耳から入ってくる文字情報は直感的な感覚として自然に頭に納まってくれるのでは
ないかと思います。

 以上のような事情があって、私は文字情報を点字から1割、録音図書と対面朗読から5割
ほど得ています。では残りの4割は何かと言いますと、それはパソコンから得ています。パ
ソコンの登場は視覚障害者に情報革命をもたらしました。最近の音声ソフトは良質の合成音
声で読み上げてくれるので、慣れてくると肉声の録音図書を聞いているのと同じような感覚
で本をパソコンで読むことができます。
 私は、書店で購入した本をボランティアさんにおねがいしてテキストファイルという形式
のデータにしてもらって、それをパソコンの音声で読んでいます。これなら本のどこからで
も読みたいところをスラスラと自由自在に読むことができますし、文字検索機能を使えば知
りたい部分だけに瞬時に移動してそこだけを読むこともできます。さらに都合のいいことに
は、そのデータが漢字カナ交じり文なので、音声で読んでいてどんな漢字が書かれているの
かを知ることができるのです。漢字カナ交じり分の世界で長いこと暮らしていた私にとって、
これは大きな福音でした。
 またインターネットからも膨大な量の文字情報を得ることができます。情報革命の前は新
聞記事は一週間遅れで録音テープとして送られてきましたが、革命後はインターネットで当
日の新聞を自分で読むことができるようになりました。

 目が見えなくて点字をすらすらと読むことができなくても、その意志があれば、対面朗読
や録音図書やパソコンによって多くの文字情報を得ることができる時代になりました。
 これからは量より質の時代だと思います。それは、いかにして良質の情報を得るかという
こととともに、その情報をいかに有効に自分の身として消化できるかが問われている時代だ
と思います。膨大な情報に溺れてしまわないようにするには、誰でも持っている心の目を磨
き上げることが必要であるということを痛感するきょうこのごろです。