

詳しい問い合わせは・・・0982−58−0674(佐々木寛次郎さん)へ。ちなみに事前に連絡くだされば、見学もさせてくれると思います。
美々津には、古くからの手法を守りながら和紙を製造している方がいらっしゃいます。
その方は、佐々木寛次郎さんという方で、東京の方ならひょっとしてご覧になったことが有るかもしれません。
毎年秋、高島屋東京店での「宮崎県物産展」に出展されています。

使っている道具も、このような昔ながらのものを使い、原料にいたっては、佐々木さんがわざわざ山に入って、みつまたなどを拾い集めてきているそうです。
ここで作られた和紙は、もうかなりリピーターがついているとかで、作っては送り作っては送りという状況で、品薄状態が続いているそうです。東京だったら高島屋東京店か、
今度新宿駅南口にできる宮崎県のアンテナショップで手に入ると思われます。宮崎では、美々津軒(下で紹介中)や物産協会などで手に入ります。
美々津町並み保存地区
私が住んでいる美々津という町は、ほんと小さい町ですが、見直してみると歴史がいっぱい詰まっています。
美々津町並み保存地区
むかし、美々津はたいへん栄えた港町でした。耳川流域の材木を、川を使って美々津に集め、関西方面に船で運んでいたからです。
当然のことながら、関西の文化もこちらへ入ってきており、今もそのなごりは残っています。宿場町として栄えていた美々津の隆盛ぶりは、明治時代のはじめの廃藩置県の際に美々津県が作られ、その県庁所在地であったことからも、
うかがえます。
そんな昔のたたずまいを残した建物が数多く残っていたことから、国から町並み保存地区に指定されました。住民も積極的に協力して、この町並みを残そうとがんばっています。今後建物を改築するときは、昔ながらの
建物風にすることが義務づけられるようになりました。それが美容院や電気やさんであってもです。その中を歩くと、通りには石畳が敷かれ、なんとなく時代を遡ったような気分にさせてくれます。
おきよ
そのむかし、神武天皇は奈良に都をつくるために(東征)、ここ美々津から出港したとされています。
町の人たちは、翌日の出発に天皇に持たせるだんごの下ごしらえを済ませ、ぐっすり眠っていました。ところが天候の急変により、急遽出発を早めることになり、
各戸の入り口をたたきながら、みんなを起してまわったという言い伝えがあります。今でも、旧暦の8月31日の夜中に、子供たちが「おきよ」と叫びながら、
町中の家ののドアをたたいてまわる行事が行われています。ちなみに、出発の変更により慌てた町の人たちが、間に合わせで作っただんごが「お船出だんご」として
今でも売られています。
kazuma94@mnet.ne.jpまでどうぞ
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