思考力を育てる本たち

思考力とは

このホームページは発達したパソコンをどうしたら、思考の道具として使うことができるようになるだろうかという問題意識から作り始めた。そのときは漠然としか考えていなかった思考力という言葉であるが、そろそろはっきりした定義の必要を感じてきた。最初は論理学を思考の道具にしようと思ったが、ラッセルのパラドックスや、ゲーデルの不完全性定理という壁にぶつかってしまった。ゲーデルの定理についてのホームページにアクセスして、ほとんど掲示版荒しのような書き込みもしてみたが、基礎的な知識の不足はいかんともしがたく理解にまでは至らなかった。しかし、数学が理解できないから考えていないのかというとそうでもない。日々の診療は推論と判断の連続だし、下手な思考では誤診をしてしまう。実際あらゆる職種の人が思考力を武器として戦っているのである。したがって、思考力というものをどう定義するかが必要になってくる。

端的に言うと、思考能力とは問題解決の能力であると定義できないだろうか。ある解決しなくてはならない問題に対しどのように有効な手段をとることができるかというのが思考力をはかる物差しになるような気がする。数学の場合であれば、問題を解決すること。診療では正しく診断すること。経営ならば会社を倒産させないことである。

思考力を判断力の有効性であると定義したとき、思考力を育てる栄養になると思った本のリストを独断と偏見で作っていきたい。できたら、自分なりの消化の仕方で書評をしてみたいと思う。

思考力を育てる本たち

ザ・ゴール、エリヤフ・ゴールドラット著、 三本木 亮訳、ダイヤモンド社

イスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラットの企業再建の小説。小説がそのまま彼が発案したTOC(制約理論)の解説になっている。TOCの目指すものはシステム全体の能力の最適化である。システムの局所的な最適化については、日本の企業は優れたノウハウを持っているが、システムの全体最適化についてはまだ開発の余地があるのではないだろうか。

システムの全体の最適化にあたって最も大切なのは、そのシステムのボトルネックを捜し出すことである。複雑な工程があってもそのラインの完成品の生産性は、ボトルネックの生産性を上回ることはできない。したがって、それ以外の部分をそのボトルネックに合わせて調節する必要があるのである。場合によってはボトルネック以外の機械を遊ばせる方が収益率や生産性が上がることも多いのである。

この考え方の良いところはライン全体のパフォーマンスの改善が、ボトルネックとその周辺に集中して改良するだけで可能になるということである。複雑なシステムの効率を上げるのに、そのシステム全体の動きの鍵を握る部分だけを考えるという方法は、工場のラインに限らず色々な局面で活用できる考え方だ。

また、工場のラインの改善だけでなく、工場の生産性を測る指標になる会計の考え方を変えることが適切な判断のための必須の条件となる。この本では、従来のコスト計算による財務的な判断が工場のパフォーマンスを落していることも指摘している。そうして、コスト会計に代わる管理会計として、スループット、在庫、作業経費の3つの指標を使うスループット会計を提案している。

この本から得られる教訓は複雑なシステムはその動きを実質的に支配する中心的な部分があり、それを発見できれば問題を単純化できる可能性があるということである。

考える技術・書く技術、バーバラ・ミント著、山崎康司訳、ダイヤモンド社

著者は、この本で、彼女が開発した「ピラミッド・プリンシプル」という分かりやすい報告書を作成するための方法を中心に、考える技術、書く技術について解説している。

分かりやすい報告書は、その冒頭で、一言で要約できる提言をしている。その提言の下層には、提言の内容をさらに詳しく説明する、2、3個のポイント(冒頭の提言を補足する事実や主張)があり、そのそれぞれのポイントの下層にはまた、個々のポイントを詳細化したポイントがあるというピラミッド型の階層構造をしている。

このような文書の階層構造はありふれたものであり、格別とりあげなくても周知の技法である。しかし、この本の独創的なところは、上層の提言と、その下層をなす詳細のポイントという基本的な二層構造の性質について極めて限定した捉え方をして、それを、基本的な単位として、文書全体のピラミッド構造のあらゆる部分に一様に適用しているところだろう。

本文に上げられた例を引用する。つぎのふたつの文章は同じことを述べているがどちらが分かりやすいだろうか。

<例文1>ジョン・コリンズ氏から3時の会議に出席できなくなったとの電話がありました。ハル・ジョンソン氏は時間を遅くしてもかまわない、明日でもかまわないがその場合は10時30分以降にしてほしいとのこと。また、ドン・クリフォード氏の秘書によると彼は明日遅くにならないと海外出張から帰らないとのこと。会議室は明日まで予約でいっぱいですが木曜日はあいています。木曜日の11時は全員よさそうです。これでよろしいでしょうか?

<例文2>今日のミーティングを木曜11時からに変更して良いでしょうか? このほうがコリンズ・ジョンソン氏に都合が良く、また、クリフォード氏も出張可能となります。また、この時間が今週で唯一会議室が空いている時間です。

最初の文章では要件を経時的に並べ最後にその要約を述べている。読み手は、書き手の意図が最後の文を読むまで分からないので、緊張を強いられる。

後の文章では冒頭に書き手の伝えたいことの要点が書いてある。そのため、読み手は、そのあとの記述にたいして準備ができるので、余計なエネルギーを使わず、分かりやすいと感じる。

最初に文章の要約が書いてあると、読み手はそれに対する、自分の思考の文脈での「質問」を用意することができる。あとの部分がその質問に対する答えであれば、読み手は、情報を自分の思考の枠組にとりこみやすいので分かりやすいという印象をもつのである。ピラミッドの基本的な2層構造がこのような、Q&A の構造を持っているとわかりやすい文章になる。著者はこの Q&A の関係をピラミッドの縦の関係(上層の要約と下層のポイントの関係)の基本的な関係として位置付けている。すなわち、冒頭の文をよんだとき読み手がいくつかの疑問をもち、それに続く文章がその答えとなるように書くことである。

冒頭の文につづいて、その内容を詳細化した文章が続くが、それは、最初の文に関連した2、3個のポイントを表現したものである。このポイント同士の横の関係にも関連性と緊張感があることが、わかりやすい文章にするための第2の要件である。ポイント間の水平の関係は、論理的関係となる。そうして、論理的関係は2つだけである。すなわち、演繹的論理と、帰納的論理である。演繹的な論理は、皆が認める法則から特定の状況を推測する。たとえば、「ソクラテスは死ぬ。なぜならば、人間は皆死ぬが、ソクラテスは人間である。」というふうに議論が展開する。一方、帰納的な論理は何個かの事実からその本質を抜き出す。「哺乳類は乳で子供を育てる。なぜなら、犬も猫も猿もそうしている。」、冒頭の文から発生する疑問に対する答えとなる下層のポイントがこのように論理的配置を意識して述べられていると文章が分かりやすくなる。次の例文はポイントが演繹的論理で配置されている例である。

<例文3>この事業に関してはコスト削減のことは忘れ、事業の売却のことを考えるべきだ。この事業は、今後ますます海外からの脅威にさらされるだろう。そのうえ、今の経営形態ではこの脅威に効果的に対応できない。しかし、このような状況でも、(この事業を本業にしている)他のオーナーにとっては、この事業の買収は価値があると思われる。

つぎの例文は冒頭の文が、後半のポイントの要約となっており、帰納的論理で配列されている。

<例文4>現場作業の無駄を排除しなければならない。考えられる対応としては、能力の高い小人数のグループを作る、必要作業量に応じて作業者の配置を行う、予定作業量の情報を現場へ流すことを徹底するなどがある。

このような基本単位を作成するにあたって特に重要なのは、冒頭の要約文を読んだ読み手がそれに関する質問をすぐに思いつけるような書き方をすることである。これを著者はストーリー形式という。最初に読み手が良く知っている事柄から始めて読み手に共感を持たせた後、その状況を分析して行くというやりかたである。たとえばつぎのようになる。「全ての公的医療サービス機関は、増大を続ける資金不足問題に悩まされている。そして、アイルランド医療サービス公社も例外ではない。」こういう文章を読みながら、読み手はうなづいたり、「それで、どうしたらよいのか?」と疑問をもったりする。つまり、先ず、読み手に問題意識を持つための状況を与えることが必要なのである。

つぎにすることは、その疑問に答えるべく状況を2、3のポイントに分析することである。この操作を複雑化という。複雑化の操作によって。下層のポイントに何を持って来るかが自然に決って来る。あとはそれを論理的な配列にするとよいのである。

もう一度基本的なピラミッド構造について眺めてみよう。冒頭の文は、あとの文章の要約になっている。その文章は読者も承知なことからはじめて、読者の疑問を誘うように構成されている。また、後の文章は冒頭の文を複雑化し、冒頭の文をよんで、読者が感じた疑問の答えになっていなければならない。さらに、それらの配列は論理的配列であるべきである。このように Q&A という縦のつながりと、論理という横の繋がりを意識して文章を組み立てると、読者にエネルギーを使わせず、文章の作成者の意図を的確に伝えることができるのである。

こうやってピラミッド構造の一番上の2層を作成したら、2層目のポイントそれぞれについて同じ手順を繰り返して行く。すると、最後に整然としたピラミッド型の階層構造を持つ文章が完成する。

全ての文章をひとつの方法で表現するのは少し堅苦しい感じがするかもしれない。もちろんこの本ではいろいろなバリエーションについても紹介してあって、必ずしも上に述べた方法を金科玉条にしているわけではない。しかし、表現のバリエーションをわざと制限することで、コミュニケーションに要するエネルギーを節約することは意味のあることではないだろうか。

失敗学のすすめ、畑村洋太郎著、講談社

この本のテーマはズバリ「失敗は成功の母」。失敗の体験は、自分で課題を設定する能力を育て、創造の種となる。一方失敗しない方法ばかり教えられていると、決められた課題に解を出すことしかできず、創造性を欠如してしまう場合もある。

新しい企画をする場合も同様のことが言える。うまくいった話ばかりを調査していると、出来上がるのはどこかで見聞きしたような企画ばかりになる。失敗話を集めて研究すれば同じ失敗を避けることができるし、失敗の解決法を考える中から全く新しい企画を打ち出せる可能性がある。

また、大事故の発生は失敗とのつき合いかたのまずさが原因となることが多い。あとで調査をしてみると、大事故の前には、類似の小事故が数回前触れのように起こっていることが多い。組織に失敗を軽視したり隠蔽したりする体質があると、対策が遅れて大事故につながってしまう。

大きな犠牲を伴う事故はあり得べからざることであるが、過去にそのような大きな失敗の原因究明のなかで、後の技術のブレイクスルーになるような発見がなされたことも多い。失敗と積極的に取り組む姿勢が必要であろう。

失敗は痛みを伴って体験することが有効である。痛みを伴った体験は、それを経験したものに、失敗に対する用心深さや、その経験を通して得た新しい課題に挑戦して行く原動力を与える。また、実際に失敗を体験しない場合も先輩の談話を通してバーチャルな痛みを感じることができる。失敗を(知識としてではなく)体験として伝達することが大切である。

この本を読んで思ったのだが、日頃、新聞や雑誌の記事で成功事例は一生懸命読むが、失敗事例は跳ばし読みすることが多い。しかし、失敗事例がなぜ失敗したのか、失敗するような事業を何故始めたのかなどと考えてみることも必要なのではないだろうか。

金持ち父さん 貧乏父さん、ロバート・キヨサキ著、白根美保子訳、筑摩書房

この本のメッセージを一言で言うと、「お金は力だ、だが、それよりも強いのはお金に関する教育だ」ということ。お金を儲けたいなら、お金に関する知識をつけなさいというあたりまえの意見である。しかし、この本がベストセラーになったと言うことは、それだけ多くの人が(自分も含めて)その事に気がつかなかったということだ。多くの人が、お金に関しては、理性より感情で係わっているらしい。

金持ち父さんは9才の子供にも分かるような直観的なやりかたで、ファイナンシャル・インテリジェンスの重要さを教えて行く。「金持ちになるには、お金に関する言葉を知らなければならない。」、「持っていることでお金が入って来るのが資産で、持っているとお金が出て行くのが負債だ。」、等々。主題について良く理解している講師の講演は非常に単純明解で分かりやすいのはよく経験することだ。自分が理解していると思っていることを単純に説明できるかどうか反省してみる必要があるだろう。

著者は働いても働いてもお金が出て行ってしまう状態のことをラットレースと名付ける。また、お金がその持ち主のために働いてお金を生み出す状態のことをファーストトラック(高速道路)と呼んでいる。ラットレースから抜け出してファーストトラックに乗りたい人は、ファイナンシャル・インテリジェンスを鍛える労力を惜しんではいけないようだ。

発想法、川喜田二郎著、中公新書

KJ法の古典。初版は1968年なのに、いつ書店に行っても置いてある。情報を図解化して問題解決する方法で効果がはっきりしているのは、KJ法とPERTぐらいなものではないだろうか。

情報を図解化する方法は多いが、単位化と構造化という点では共通している。単位化とはまとまりのはっきりしている情報を一行に要約して一枚のカードに書きつけることである。カードに書くことによってその情報の全体のシステムの構造図における位置を簡単に変更することができる。構造化とは、それらのカードを関連性のあるものから集めて並び変えながら、最終的に全体が関連しあった構造図を作成することである。

KJ法では、構造図を作成するときに、カード間の関連性に規則をもうけず、ボトムアップで情報同士が集まって自然にシステムが形作られて行くような手法を勧めている。しかし、情報同士の関連を推論の連鎖でまとめるよう勧める方法もあるし、KJ法では禁止されているが、あらかじめ定めた規則で分類する方法も考えられる。

構造図ができたら、次はそれを文章化したほうがよい。構造図では曖昧な類似や関連に思えていたことが、文章化することによって、論理性を検討しなくてはならなくなる。

問題解決法として紹介されるものには、どの方法にも、単位化、構造化、文章化(論理化)の3つのプロセスが含まれている。もちろん、単位化した情報を構造化する手法は解決したい問題の性質によって異ってくるだろう。しかし、この3つのプロセスを実行することによって、情報をただの分類や羅列でなく、構造化して把握することができる。構造化された情報を利用することによって、全体をコントロールしている中心部分はどこか、ある部分の変更が全体にどういう影響をひきおこすかなど、よりつっこんだ分析をすることができるようになる。要はどのような方法であれこの3つのステップを含んだ方法を日頃から使い慣れていると問題の分析に非常に有効であるということである。

思考力を育てるには

思考力を育てるための HOWTO 本は書店に行けば沢山あるし、日々新しい本が出版されているようである。それだけ、皆が自分の思考力を改善したいと思っているのだろう。しかしながら、これらの手法を全て追いかけて行くわけにも行かないし。それぞれが抱えている問題の性質も様々である。大学入試の数学を解く手法と、企業間の交渉に使われる思考の手法とはあまり共通点はないだろう。また、個々の手法にしても習熟度によって効果が全く違うだろうというのは予想できる。結局は自分の抱えている仕事を熟知して、それに応用できるものはないかとアンテナを張っておくのが一番効果があるのではないだろうか。広く浅い知識がブレイクスルーのきっかけになったと言う話はよくきくことである。万能な方法はないようなので、手法そのものにとらわれるよりも、そのアイディアを自分の問題にどう活用していくかを考える必要があるのではないだろうか。大切なのは問題を解決することであって、その方法ではないのだから。平凡な結論になってしまったが....。