気学方位盤・方位![]() ![]() |
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| 1、生活に密着した占術 九重の雲上人から、下は裏長屋に古風運勢暦をひもとく庶民に到るまで、九星・気学に親し まない者は稀で、このように浸透している占術はほかにはあるまい。 そのくせ、これくらい真価を誤解されている占術もまた珍しい。たとえば、一白水星とか、二黒土 星とか呼ばれているために、占星術流行時代の今日、「東洋占星術」などと業者自身が呼んでいるもの もあるくらい、その正体が知られていない。この九星術は、西洋占星術と違って、天体の星はまるで 無縁のものである。 しかし、大自然とは何の関連もないのかというと、けっしてそうではない。われわれが「おぎゃー」 と産声を挙げた瞬間から、大気の中に呼吸を開始するのは厳然たる事実であり、天道説の昔も、地 道説が常識となっている今日も、太陽が東から昇って西に沈む現象に変わりはない。これが「方位」 というものの無視できないゆえんである。 ひまわりは、太陽を追うという伝説で有名だが、このひまわりだけでなく、日当たりのいい所に芽 栄えた植物は伸びが早く、しかも逞しく育って、花のつき方も多ければ実の結び方も堅実だが、日 陰に落ちた種子は発芽さえたよりない。やっと芽を出しても、伸び悩んでひょろひょろしている。 「日陰のもやし」、というたとえもあるように、人間だってきれいな空気を吸い、太陽光線をたっぷ りと浴びて育てば健康でたくましいが、このごろの大都会の日照権で問題になるアパートなどに住む 人々は、まるでコンクリートの箱の中で酸素不足の空気を吸っているようなものだ。不健康で病気が ちになるのも無理もない。表に出てもスモッグだの、排気ガスだのと、公害からのがれる術はないのだ から憐れなものである。 しかし、たとえ公害をうんぬんされる職場に働かざるを得ない人でも、住居という安息所を、よい 場所に持つことができれば、とにかく酸素のたっぷり含まれた朝の空気だけは吸うことができるわけ である。ここに「気学」というものを賢明に利用する知識を身につけることができれば、すなわち幸 福がつかめるというものである。 2、気学にまつわる神話 九星・気学が、箸にも棒にもかからない迷信のように誤解されつづけている。これは、そもそもの 出所が東洋運命学の起源といわれている「河図」「洛書」によるところからである。 太古伏儀氏の世に、黄河から八尺の竜馬が出現し、その背に一より十に至る旋紋があり、あたかも 天の星をかたどるかに見えたので、これを図にとったのが「河図」であり兎王のとき落水より神 亀が現われ、その背に一より九に至る数が神紋をなしていた。それが「九星の正位」といわれるもの である。「九を戴き一を覆み、三を左にし、七を右にし、二、四を肩となし、六・八を足となし、五は 中央に居る。横・縦・斜いずれより数うるもその数十五」と説かれ、しかも、検易、高低、深浅あた かも大地の象の如くなので「落書」を成したというのである。そこで、「そんなものはマジック・スクェ ア(魔方陣)の一番簡単なもので、数学遊戯の一つに過ぎないじゃないか」といわれて、迷信の元凶 のように蔑まれたのである。もとよりこれは神話であって、実は宇宙の真理にのっとる国土経営の大 綱を、もっとも巧妙に仮託したものである。 『河図』のエッセンス 『河図』は、地球が太陽から分離して一個の遊星となる順序数によって表したものである。地球は 北極を中心とし固まりはじめたとみて、北に「一」を起こし、これを南に貫いて軸を成したとして、 南に「二」をおき、自転・公転を開始したのは東からであるから、東に「三」を配し、ついでに西に 「四」をおき、中央に「五」を据えて、ここに一応の完成を見た。それゆえ一から五までを基数中の 基数とし、この五数の中には陽数(奇数)が三つ(一・三・五)陰数(偶数)が二つ(二・四)ある ので、これを「易」では「三天両地」と呼んで非常に重視している。六以上を「老数」とする。「一 」の北方に「六」を、「二」の南方に「七」を、「三」の東方に「八」を、「四」の西方に「九」を 配し、「五」の中央に「十」と集結して、ここに「修理固成」が成ったのである。これに五行(木・ 火・土・金・水の五精の働き=元素でもなければ、天体五星でもない)を組合わせて作成されたのが 十干である。そして陽を現すに「兄」陰を表すに「弟」で表現した。 『落書』のエッセンス 『落書』は、天地運行の順を、もって示したもので、太陽は東から西に向ってまわり、地球は西か ら東に向って自転を続けている。これが「陽は左遷し、陽は右遷す」の原則である。 天を陽とし、地を陰とするから、三天・両地」の中央に座する陽の代表数「三」を基点の北の「一 」に乗じて東に「三」を据え、この三に三を乗じて、南に「九」をおき、九に三を乗じた「二十七」 のエイ数を払って「七」を西におき、これをまた三を乗じた「二十一」エイ数を払えば「一」となっ て北に復帰するのである。 陽が極まれば陰に変化するのは自然の理である。九は陽の極だから、南の正位「九」に兆した陰気 は南西隅の陰の初である「二」と生じ、これに二を乗じた「四」は南東に、これに二を乗じた「八」 は東北隅に、「八」に二を乗じた「十六」のエイ数を払った「六」は北西隅におき、これに二を乗じ た「十二」のエイ数を払えば「二」の初めに復帰する。「五」は中央に座して『落書』の位は定まっ たのである。 こうして、大自然の運行にのっとれば、政治も正しく行われる。という真理を神話に託したわけで ある。 3十二支の正体 「天干」の十に対し、「地支」を十二とするのは、万物化成の順序を象徴した子・丑・寅・卯・辰 巳・午・未・申・酉・戌・亥をいうが、これは俗信の動物と直接の関係はない。 4九星の色の関係 ところで、九星に配された色についても、奇説・珍説が多い。元の京都帝国大学総長新城親蔵博士 の「迷信」にさえ、「九星というのは、一白・二黒・三碧・四緑・五黄・六白・七赤・八白・九紫の九 つの色合いで、そのうち紫・白を吉とし、その他を凶とし(この説も違う)暦日およびその方位はこの 九つの種類に分かち得るものとし・・・・・・」と、きわめてあっさり片付けられているだけだし、『 数霊の四次元』などというものものしい本の著者に至っては、白が三つもあるのは三白眼のことだ」な どと、いかにも四次元的なことをいっている。 「九星というから誤解されるのだ。私はあえて九精とする」との新設を唱えている田口二州氏は、「 太陽の東天に昇る卯の刻を三碧として色彩の世界は始まる。そして、巽宮には、緑、離宮に紫、坤宮に 黒、兌宮に赤・・というぐあいに配されたが、乾宮(午前7時〜11時)から、坎宮(午後11時〜午前1時 )艮宮(午前1時〜5時)まではもののはっきりわからない空白の世界である。だからこの時間帯に白 を配置したのは当得ている」といっているのがさすがである。 このように説明されたら誰でも合点がいくであろう。著者が本書において、九星の星情を三碧から 始めて、八白に至り、最後に中宮の五黄を説明する意味もまた同じように理解のし易い説き方がした かったからである。 5気学の活用法 ■吉方位の探り方 気学で吉方とするのはどういう方位かというと、本命星、もしくは月命星の相生関係になる星の回 っている方位をいう。たとえば三碧・四緑・なら共に木星だから、「木生火」で九紫火星の回座して いる方位、昭和52年なら正東に当たる。「木は火を生ず」だから「子星」の座になるわけだ。また 「水生木」でもあるから、一白水星の回座している西北も吉方であるが、これは親星に当たる。親星 を「与益方」とみ「子星は「受益方」と見、三碧・四緑は木星同士、六白・七赤は金星同士だから、 この関係は「兄弟星」となり比旺するので、これらの回座している方位もまた吉方となる。しかし、 その方位が「殺方」となるときは話は違ってくる。 また、後に説明する中宮作用とか、回座作用とか、同会作用とか、四線作用などのそれぞれの影響やら、 干合、四合といって、十干・十二支の五行関係が合う場合と、刑・沖・破・害といって、合反発し、ま た激突・撃破する組合わせを生ずる場合もあるが、これらをいちいち細かに見ていくと、初歩 の人にはこんがらかってしまって、かえって迷いを深めるきらいもあるから、まず九星の五行関係の 相生・相剋の理をマスターして、うまく活用するとよい。気学は年ばかりでなく、月ごと、日事、 時刻ごとに星が居宮を転ずる「動の運命学」だから、必ず救いの道が開けるのである。 ■吉相を選ぶ知恵 「殺方」などといわれると、いかにも恐いが、気学の救いは歳・月・日・刻に星は移動して、その 作用を変えることである「動の運命学」といわれるゆえんで、たとえば年盤ではいずれかの殺方に当 っちぇ凶方位でも、月盤の吉方を選び、日盤の吉方回座を活用するくふうを凝らし、常に自分の持 って生まれた星と相生・比旺の関係になるめぐり合わせにピントを合わせて、チャンスを捉えるように すれば禍を転じて福とすることができるはずである。つぎにその星の動き方のあらましをのべておく。 ☆中宮作用 かつて用いた方位に回座していた九星が、法則に従って運行を続け、中宮に入ったとき に発現すること。たとえば昭和14年生まれの七赤金性の人が、親星に当たる八白土星が南方に回座し ていた三十五年に南方に移転したとすると、つぎの八白土星が中央に入ったのは四十年であるから、こ の年にはもう係長に栄進していたとか、あるいは三国一の花嫁を獲得していたとか、何かすばらしい 幸運に恵まれていたはず・・・・ということになる。 ☆十二支中宮作用 かつて用いた方位の定位十二支が当番となっている支配する年・月・日・時刻に、 そ の作用が発現すること。たとえば巽の方位を用いて何か企画した人は辰(昭和五十一年)巳(五十二 年)の年の辰(四月)巳(五月)の月にその効果が現われるのである。 ☆回座作用 自分の本命星なり、月命星なりが、かつて用いた方位に回座するとき、その用いた星と 定位星の作用を受ける。 たとえば本命三碧の人が、昭和五十二年の二月九紫の回座していた東方に新しい店を開いたとする と、つぎに三碧が東方に回座するのは八月だから、夏枯れもなんのそのという繁盛ぶりを見せるであろ う、ということになるわけだ。 ☆同会作用 かつて用いた方位九星の定位に、自分の本命星、または月命星が回座したとき、または その星が運行して、本命星、あるいは月命星の定位に同会したときは、吉凶ともにその影響を受ける。 ☆四線作用 ある方位を用いた月、または年より数えて四月目、四年ごとに発現する作用で、これは 十二支が一周する間に「子・卯・午・酉」「丑・辰・未・戌」「寅・巳・申・亥」の三ブロックが四 線を描くのでこう呼ばれている。 ☆三合作用 方位を用いた月、または年から五年目ごとに発現する作用で、この三つの支が、その性 情に従って相和し、相たすけて結合する関係をこう呼ぶ。 6九星と運勢 ■三碧木星 地軸が一回転し、静まりかえっていた万象の上に、顔を洗ったような太陽が上る暁のすがすがしさ はどうだろう。そして、その瞬間の生き生きとした草木の姿を眺めるとき、誰しもが覚えるのは爽快 きわまりない蘇生感であろう。 これすなわち、東方を「木」の世界とし、「三碧木星」を配し、易の「震」位とし、伸長・発展の意を 偶し、朝とし、春とし、生誕の意を託するゆえんである。生命力の一番活発に発動する時だから、酸 素の量も最も多い。われわれはこれを全身にたっぷりと吸い込んで、一日の活動に備えねばならない。 易象では「震」を陰きわまって陽が再び生ずる象とする。陽気が二陰を払い退けて躍り出 そうとするので生気が活発な震動を見せるわけだ。人体では足をこれに当てたが、健脚でなければス タートは切れない。五臓では肝臓とする。 東の正中線から南に十五度、北に十五度の三十度がこの震位に当り、人象では長男とし、天に代っ て徳をほどこし、国を治める天子とし、また皇太子とし、統率者とし、君子、丈夫とする。 青年とし、行動者とし、家相の震位が吉相であれば相続人に恵まれるとし、家運は発展の一路をた どり、新規拡張もできるとしている。 時間は午前五時から七時までの卯の刻とし、味覚では酸味とし、数象は三・八をあてる。 ■四緑木星 太陽は高く昇って、早朝の冷気を温めつつ「四緑」の「巽」位(辰・巳)にまわる。午前 七時から十一時までの二刻で、活動には最適となる。青葉の吐く生気が身中にしみ透るおもいがあり、 体力の充実を感じ、活気旺盛となるので、季節では四月から五月、晩春〜初夏の新緑の候に相当する。 東南位六十度の圏内に配され、物の充実・円熟する方位とする。正東のせわしない気分が落ち着いて 事がスムーズに運ばれる意があるので、商談とか、縁談とか、すべてじっくりと話し合って効果が挙 がる吉相とされている。 風は諸国を吹き巡って、情報をキャッチすることも早いから、海外との取引に利があるとか、あ るいはこの方位にある遠隔地の支店や、チェーン店の繁栄を考えるのもよかろう。 家相では、この方位の張っているのを、「巽張り」といって大吉相とし、信用を高め、発展もすみや かであり、事業もまた拡張に拡張を続け得るし、良縁にもめぐまれるとしてある。 「震」を長男に見立てたのに対し、これは老陽初めて陰に変じたので長女とし、従順の徳から淑女 とし、すべて易の巽意にのっとるが、肉体では象意から股とし、ここに関連のある疾病とみることも ある。五臓では肺とし、味覚は酸味、色彩は緑・青、数は三碧と同様三・八をあてる。 ■九紫火星 太陽が南中したときが正午で「九紫」の定位である。日射しの一番強いときで、すべての植物が太 陽の光と熱を満喫する頂点である。季節では「夏至」を含む六月とする。草木は精一杯に繁茂し、水 中の酸素も浮上して、地上に活気の充満するときである。この季節に咲く花もほとんど原色のものば かりで、何もかもたくましい感がある。 正南中線から東・西に十五度ずつの三十度がこの位置で、易では「離」をあてる。明知を 表わし、文明を象徴し、人象にとれば明知の取り入れ口は目であり、二陽の中に一陰の黒を点じて瞳 と見立てる。 また、これは純陽の乾を二策して得たので中女とし、女盛りとし、「かざる」の意から美 女とし、世を明るくする意味で作家、美術家とし、芸能人とし、人気・名声などを象徴することすべ て易の「離」の意をくんでいる。 明朗・闊達で肚の大きい人ととり、体では腹とするが、五臓では心臓とし、顔面では目とし、この 方位を凶方としておかすときはこれらの疾患をまず考える。火傷とか、火災などもここからとる。 というわけで、南が開けている明るい家に住めば、心境もおのずから明快となり、酸素も十分に吸 えるから健康も増進、能率も上がるというわけだ。 色彩も灼熱の極光紫を配し、味覚は苦味、数象は二・七をあててある。 ■二黒土星 南中した太陽はやがて坤の未申に傾きはじめる。南西の六十度を「裏鬼門」として忌む のは、陽きわまって陰ここにはじまるからである。時刻は午後一時から五時までの二刻(四時間)で ある。大気の酸素の消耗も最も著しいときで、ここに二黒土星を配するのは、いわゆる土気旺んにし て一切の化生がなされるからである。四季にとれば、夏から秋に移る「土用」の期間で、草木は成長 をひそめ、実を結び枝葉を繁らせた外向きの力を内に蔵めて冬ごもりの体制に入る重要なときである。 坤は、乾の天に対する大地で、乾の気をうけて万物化生育成の大徳をもっているわけだから、一面 その力がおそれられて「女鬼門」という名も出たわけである。だから、常にこの方位は尊んでおかさ ず、むしろ安息の場所としてやすらぎをはかれば有終の美がなせるというものだ。 そこで、この方位を凶方としておかすと、妻とか、母とか、また老陰の意から老婆などに不祥事が 起こったり、子供にも累が及ぶことがある、と戒めるわけである。 肉体では腹とし、五臓では胃・腸・脾臓にとり、また全身を養う血液ともするので、むかし「血の 道」といわれた女性の諸疾患、過労、精力減退などに注意せねばならないとした。 色は黒のほかに、ものが枯れ衰えると黄変するので黄ととることもあり、味覚kは甘味、数は五と 十。 ■七赤金星 未申から回った三十度の区間が正西で、季節は秋。旺盛をきわめた土気も勢を収めて涼気をもよお し、果穀は成熟し、すべてのことが落書きをとり戻すときである。 そこで、春から夏にかけては酸素性の勝っていた大気も、これを消耗して、草木も枝葉の伸長をおさ めて根に養分を蓄積し、やがて巡り来る春に備える構えに入るので、呼吸が静かになるので窒素性と なる。そこで、秋の陽射に会うと、緑だった木の葉が紅葉するように、諸物は赤っちゃけた色に変わ るのである。 時刻は午後五時から七時までの酉の刻、つまり「斜陽」のときで、万物が赤く見える時刻だ。太陽 は一日の勤めを終わって静かに西に沈んでいくが、その名残を惜しむかのような夕日の色の美しさは たとえようもなく雲までが茜色に染められる。 易では「兌」にあて、収穫の悦びを象徴するが、兌は一陰の少女が二陽の上に乗って喜々 としているさまでもある。家相では西向きの玄関は女主人の家、または女性を華客とする商売、また は社交場などが栄えるとしてあるのは、東の動に対し西は静的で、おさまるとか、安息の意があるか あらである。 五臓では肺とするが、兌を口ともするから口腔、歯科、そして婦人科の諸症にとり、毀折ともする 卦象から、外傷ともとる。 色は赤・金色、または白、味覚は甘・辛、数は四・九をあてる。 ■六白金星 正西から北への60度が「乾」戌亥の方で、六白金星の定位である。秋の十月、十一月がこれに 相当し、時刻では午後7:00から11時までの静思・くつろぎの時とする。 ■一白水星 正北を一白水星の定位とし、易象では「坎」とする。季節では「冬至」を含む十二月とし、一日 当てれば夜中の11時から午前1時、即ち「子の刻」である。 ■八白土星 北東の60度圏を八白の定位とし、易象では「艮」の丑寅をあてるので、この牛の角を生やす。 占い大研究 石川雅章より ☆「易占の国」中国が生んだ統計学 「気学」は、遠い5千年の昔、易占の国、中国に起こった学問であります。我が国伝わったのは飛鳥 時代といわれ、それ以来、聖徳太子、弘法太子、日蓮上人などに用いられ、また、真田幸村、大石 内蔵助などの名将の間で学ばれ、政治や軍事などの面で大いに活用されてきました。あらゆる占いの 中で、気学ほど実際の生活に密着し、活用された学問は他に類を見ないものといってよいでしょう。 いうなれば、気学は、五千年の歴史のなかで、人間が活用し、育て上げてきた「統計学」であり、う つろゆく天地自然の道理を科学的に解き明かした学問なのです。気学の特徴は、別名「動の運命学」 と呼ばれるように、時々刻々と移り変わる人間世界の諸相を分析し、人間ひとりひとりの運命を見通し 、それに対応することのできる弾力性を持っていることにあります。 「何のための豊かさ」「なんのための人生」 今、私達の胸の中には、私達の文明や私達の人生に対する 深刻な不安が芽生え、どんどん大きくなっていきます。 終末の予兆におののく私たちにとって、気学の持つ千変万化、行くとして可ならずもののない弾力性 は、この激動の時代を生き抜く上に、貴重な、頼りがいのある特質といってよいでしょう。 ☆人間をとりまく大気 私たちをとりまいている天地宇宙には、万物を生み出し、はぐくみ育てる「大気」が満ち満ちています。 天地宇宙に存在するすべてのもの、すべての現象などありとあらゆるものは、この「大気」の「気」から 生まれ、「気」の動きによって成長し、活動しているといってよいでしょう。 私たち人間の生命のいとなみをはじめ、美しく咲き乱れる花も、道端にひっそりと開花する草木も、鳥 も魚も、犬も猫も、生きとし生けるものはみな「気」から生まれ、「気」によって存在し、命を全うする のです。また、雨が降る、風が吹く、雪が降るといった自然現象もみな「気」の働きの現われです。また 「論語」で有名な中国の儒家である孔子も「気有って形を生む」といっているように、「気」というもの がなければ、有形のものは生まれてきません。いわば、「気」は天地万物の根元なのです。 そしてこの「気」は、固定したかたちで存在しているわけではありません。天地宇宙のただなかで、め まぐるしく、かつ微妙に変化してゆくのです。 私たちは、一年の移り変わりを春、夏、秋、冬四つに分けて「四季」と呼んでいますが、「四季」は 「四気」であり、一年間の「気」の変化をそれぞれの特徴によって大きく四つに分類したものに外あり ません。 即ち、春の気の特徴は「木」で、木に象徴される木性現象をいい、草木が冬の眠りから覚めて育ちゆく さまを示します。夏の気は「火」で、火性現象が象徴する熱と光に輝くダイナミックな季節を示します。 秋の気は「金」で、金性現象が象徴する充実と結実を意味します。冬の気は「水」で、水性現象のもつ 冷却、潜行を象徴し、春の躍動への準備を意味します。 これらの四つの気のほかに、四季の移り変わりこそが、一年の気候を定め、私たち人間をはじめとする 天地万物の限りないいとなみを織り成してゆくのです。 ☆東洋運命学の根本「陰陽五行」 それでは、こういった「気」はどこで生まれ、どこからやって来るものなのでしょうか。 すべてはものの生みの親である天地宇宙のいろいろな「気」には、中心となる大元があり、運命学では それを「太極」と呼んでいるのです。太極とは気の源であり、即ち「元気」です。 これを私たち地球上の生物の生活に置き換えると、地球は太陽を中心にまわっているのですから、私 たちの太極、つまり中心は太陽なのです。 太陽は、昼と夜の「明」と「暗」、冬と夏の「寒」と「暖」など二つの面を私たちに示してくれます。 これでわかるように、太極からは陰と陽の二つの面を私たちに示してくれます。これでわかるように、 太極からは陰と陽の二つの「気」があらわれ出ており、天地宇宙のすべてのもの、すべての現象は陰と 陽の二つに区別することができるのです。天は陽、地は陰、男は陽、女は陰というぐあいに、ものには かならず表と裏があります。この陰陽の道理こそが、東洋運命学の基礎であり、根本なのです。 太極から発せられた「元気」は、この陰陽両気の作用により、「五気」となって私たちの生活に影響 を与えます。「五気」は、前に述べたように木から火、火から土、土から金、金から水、水からまた 木へと循環して、あらゆる事物の発生、成長、活動をもたらしますが、「五気」によるこういった事物 の構成、変化の働きを「五行」というのです。 ☆気学とはどんな学問か 気学とは、文字どおり、大気(空気)の種類と、その移動を知ることによって、各人の幸福を探求する 学問です。そして一方、自分の性格、運勢、方位を知ることはもちろん、他人様のこともわかるという、 非常に重宝な占術であります。 いうまでもなく、人間は、大気の底で生まれ、そして生き、最後には死んでいく生物であります。 したがって、大気を除外しては、その生き方は考えられないはずです。だからこそ、その大気の種類と 移動を事前に察知する事は、私たちの人生にとって、非常に大切なことであるはずです。 では、なぜそんなことがいえるのかといいますと「この身は何によって生ぜるや、東西南北、中央の 五方、天地陰陽の五行より生ぜり」と日蓮がいっているように、つまり、私たち人間は、天地陰陽の働き によって生まれさせてきているからです。このことは、私たちは、肉体は、親に造ってもらったけれど、 心は、天地に造ってもらったということです。 衆知ののように、宇宙には、ヘリウムガスや陽子や原子が約一立方センチあたり一つの割合で存在して いて、あるところ濃く、ある所薄く漂っています。つまり、原子宇宙では、こうした陽子や原子が互いに 引き付けあったり、あるいは押し合ったりして運動していました。そしてその運動が偏在的に凝縮運動 となって、太陽や地球が生まれてきたということです。 したがって、私たち人間からみれば、私たちにもっとも関係の深い空の星は、地球と太陽です。地球は 太陽を親星として、太陽の周辺をグルグルと循環していますが、他にも地球の兄弟星が八個あって、地球 と同じように、太陽の周辺を循環しています。これを太陽に近順に列記しますと、水星、金星、地球、 火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の九つの星です。 私たち人間が住む地球は、太陽系に属していますが、太陽系は、銀河系宇宙に属する星の一小部落で、 太陽を中心に、前記の九つの子星が、互いに秩序を保ち、ある一定の運動法則に従ってめいめいが異なっ た歩み方をしています。この方位的な歩みこそが、九星八方位盤上に表示してめいめいがこ異なった歩み 方をしています。この方位的な歩みこそが、九星八方位盤上に表示してある、年々・月々に転換する星の 歩みなのです。その歩みは、中央から、戌亥(西北) 西 丑寅(東北) 南 未申(西南) 東 辰巳 (東南)、そして中央へともどる反運動です。 さて、こういった運動を反復しているのが天空の実体なのですが、私たちの感覚では、地球でも火星で も、すべての九星は、太陽の周りを一筋の円を描いて循環しているように見えますが、実際は、そうでは なく、九星八方位盤式の飛留法で・右転・左転・逆転・転・北転・横転・後転・反転・停止といった具合 にジグザグ運動を繰り返しながら、太陽の周りを回っています。このジグザグ運動こそが、宇宙空間に、 散在している、個々の陽子や原子がしているジグザグ運動と同じ運動法則で、それはちょうど九星八方位 盤上の 遁甲と全く同じだというなのです。 したがって、以上述べた事を要約しますと、空の星の動きも、原子や陽子も全く同一の法則のもとに 動いていますから、当然人間もまた、その動きに従うことこそが、幸福につながるということは、自然の 理であるはずです。なぜならば、私たち人間は、まさしく小宇宙だからです。だからこそ、天の摂理に 従っていれば、必ず幸福になれるはずです。 日蓮も「色身二法法鉦」という書物の中で「東西南北八方十方への動き方によって、この身に不幸、 幸福が発生してくる」と述べています。つまり、天の陽気と、地の陰気が相合するときが生なのです。 いうなれば、天地の二気が活動して合体するときに、私たちは生まれさせられてきたわけです。気学と いう学問が、究極のところ「方位学」であるといわれるのも、このためなのです。そしてまた、気学の 真髄もやはり、ここにあるといっても過言ではありません。 ☆気学はどのように発達してきたか 地球上に生息するすべての生物は、私たち人類をはじめ、禽獣草木にいたるまで、必ず宇宙の大気を受 け、その作用によって支配されているというのが気学の原理であります。たとえば、蒔いた種子がやがて 芽を出し、花が咲き、次に果実が生まれ、熟し、落ち、それから時節がたつと、再び芽を出すというよう な自然の単純な繰り返しをみても、このことはわかるはずです。 この因果の法則が、同じ宇宙に住む人間の運命にだって因果はあるのだ、吉といい凶というのもすべて 、それを生ずべき原因があるのだと考えたのです。 では、その原因とは何なのでしょうか?地球は、自分自身も自転しながら、太陽の周囲を公転している わけですから、地球上の各地点太陽のとの位置は、一瞬一瞬の間、寒暑の変化が生まれ、そして、これら の自然現象が原因となって、地球上の森羅万象だ千変万化を極めることになるわけです。 こういった因果の法則を発見した民族は、この自然現象を非常に重要視したわけです。そしてまた、太 陽が地球に与える光や熱が、地球の内部から空に向って昇っていく水蒸気と大気の中で、お互いにこんゆ うし合って万物を造り出したのだ、という考え方をしたのです。 これを気学用語で表現しますと「天気下降、地気上昇」といいます。そして、これによって大気中に生 まれる気も刻々変化していくわけです。そして、この変わっていく気こそが、人の運命を支配する大きな 原因であると考えたのです。すべての生物は、空気なしでは生きていけないし、しかも、昼も夜も、太陽 と地球の作用に影響されて、変化を幾重にも重ねていきます。 目には見えない空気という微粒子が、人間はもちろんのこと、すべてのものの運命に大きな変化を与え ていると考えたのです。この気は人間の場合には、胎児が母胎から出た瞬間「おぎゃあ」と泣いて呼吸し たのがその人の体の中に保たれます。この気を保気といって、保気された大気を本命といいます。本命と は、文字どおり、本然の命 命の事です。この本命こそが、先天的に、その人の性格や運命を左右するも のだと考えられたのです。 この考え方に基づいて、生年・月・日・時によって、生まれつき性格や運命を判断する方法を四柱推命 と呼びますが、ここで当然、次のような疑問をもつはずです。それは、人間は皆、この四つの柱、すなわ ち年・月・日・時によって、誰もが先天的に運命が決定付けられてしまうのかという疑問です。 この疑問に対して、明快な答えを出してくれるのが気学にほかなりません。この学問は後天的に運命を 打開できる方法をもっています。別な意味で家相学も、やはり後天的に運命を打開して、子々孫々に至る まで運命に安定感を与えようとするもので、中国時代では、大変重要な学問の一分野だったわけです。 さて、結論としていえば、四柱推命学も、あるいはまた気学も家相学もいうなれば易の根本原則に立脚 した空気の学問であるということなのです。言葉をかえていうならば、太陽から下降する動電気と、地中 から上昇する静電気を研究する学問であるといえます。 したがって、たとえ全力を尽くしても奮闘努力しても、あるいはまた、人間としての行為に全く欠点が なくても、過去において自然の法則にさからって凶相の家に住んだり、または家の移転の方角で、大凶方 位を犯した人々は、必ず思いがけない災禍を受ける事になります。 一方、これとは反対に自然の法則に従順で、しかも過去の運命上の悪い原因を消しながら、善い原因を を積み重ねていったならば、間違いなく将来の幸運を確保できるはずです。 気学という学問は、こういった思考の過程を経ながら発達してきた、非常に現実的で、しかも実際的な 学問なのです。 ☆日本における九星術の変遷と気学の原理説 日本歴史をひもとくと、九星術が中国より朝鮮を経て日本に移入されたのは、やはり仏教伝来を期に 一つにしていることがうかがわれま。もちろん、九星術という名称ではなかったのですが、六世紀には 朝鮮からの貢物の中に加えられていたのです。 『日本書紀』によりますと、推古天皇の御代602年に百済の僧侶、勧靭が日本に来た時、貢物として 『暦本』『天文 地理書』『 遁甲方術』の書などを朝廷に差し出したことが記してあります。 この中の 遁甲方術の書とあるのが、九星術を含んだ学術書でありまして、これ以後、日本において 遁甲方術が用いられたことになるわけです。 その後、この 遁甲方術が盛んに用いられた形跡は、戦国時代であって、軍学の書や戦略の巻きの中に 「八門 遁甲の術」と称して極秘伝書として必ず加えられているのであります。 天下太平の時代である徳川幕府の江戸時代になってからは、戦略用の必要もなくなり、一般民間に活用 されるようになってから、はじめて「九星術」または「三元九星学」と名付けられ、江戸中期ごろには 木版摺りの書が刊行され、民間九星学は次第に盛んになってきたのであります。 以後、江戸末期 明治時代 大正時代とますます民間に普及されるようになったのですが、たまたま、 後の大正館主 園田真次郎氏が明治の末期に九星干支学を「気学」と称して普及したのが、今日一般大衆 に気学と呼ばれる始まりとなったのであります。 このほかに、方象学、大気学・・・・等の名称がありますが、いずれも気学と同一の学術であります。 なお、気学としての顕著な特徴は、その使用する方位盤が旧来(九星学)の方位盤と形が異なる事であ ります。 それは、旧来の方位盤は東・西・南・北の四正と艮・巽・坤・乾の四隅がひとしく45度に分割された 方位盤であるのにたいして、気学では、東・西・南・北の四正を30度に、また艮・巽・坤・乾を60度に取 って、変形八角の方位盤を用いていることです。 さて時代の変遷とともに用途を変更し、名称を変え、そして新しい理論づけを試みることは決して占術 や宗教界にのみ見られることではありませんが、ここでは、 遁甲方術から九星術から九星学・気学と発 展して来た「気学」の新しい理論づけの変貌を参考までに掲げておきましょう。 ☆人間と大気との関係 人間は、空気がなければ生きていることはできない。食物や水も大事な要素だが、なんといっても空気 (大気)がなければ、一巻の終わりである。その大気と人間のとの関係をつきとめるには、この大気の 中には、なんという元素があって、そして、人間が生存して行く為には、どんな元素が必要かを知って おかなければならない。 空気中には、酸素という元素があることは子供でも知っているように、酸素がなければ、人間はすぐ 死滅してしまうのであるから酸素の恩恵ははかりしれないほど大きい。 次に、その大気と四季の関係である。四季による大気の状況を知り、それを上手に利用し、順応して 行く事が必要である。 それには天候の運行を知らねばならない。まず、一年を陰動と陽動に分けて みましょう。陰動とは、冬至から夏至までの間で、12月22日より、翌年の6月22日までの時期、すなわち、 昼が長くなって行く時期である。太陽が北極に近づいて行く時期をいう。 このことから太陽と空気の関係を分析すれば、まず四季の中で、春の大気は酸素が多いが、太陽光線が 強すぎるため、春より酸素が希薄である。これは、夏は草木の呼吸で水中の酸素が非常に発散するが、 太陽熱のために酸素だけ上昇してしまい、地上での酸素分量がへること起因する。これを家相の方では 裏鬼門といっている。 秋の大気は酸素が少なく、窒素が多いので、窒素性の空気だといってもいいだろう。窒素性の空気の 働きには、物を凝結させる作用がある。つまり、秋の大気は、木の葉散らして、養分を凝結させてしまう のである。それでは人間は、このときどうなるかというと、秋には、全身の細胞組織がどんどん膨らみ、 脂肪をたくわえろいう凝結命令が起こる。これはきたるべき冬に対しての準備作用ともなる。四季によっ て、自分の体内の働き違うということは、食物を意識的に、配分してとるべきだということを教えている ことにもなる。 もし、秋に少ししか澱粉類、脂肪類をとらずに、酸っぱいものばかり食べて入れば、体の脂肪が少なく なって、冬は寒がりになったり、カゼを引くなど、いろいろな障害を起こすことにもなる。 冬はだいたい耐久生活をしなければいけないし、草木も眠っているため、大気の中の酸素は減少する。 水中の酸素も低温のために蒸発してこないので、ますます酸素は希薄となる。この一、二月を鬼門月と いうのはこの危険を知らせることばでもある。 裏鬼門は、七、八月を指すが、一、二月とともに、死亡率が高い。人間は体温に比べて、外気温度の 高低が著しく違うということと、酸素が希薄であるという二点が、この鬼門に合致するからである。 ☆運命学では一年を八季に分ける 一年は、春夏秋冬と四つの季節しかないと思われているが、実は八季あって、春夏秋冬の間にそれぞれ 土用というものが入っているのである。つまり土用は、四季間の変化期に当たるわけである。この変化期 には、非常に健康や思考力がそこなわれやすく、土用の期間は、準鬼門期間と考えてよいほどである。 このように空気は一種類ではなく、季節によってそれぞれ違う。この八種類の空気をマスターし、これ に適応した生活をすればいいわけである。このことについては、後の八種類の性格を持つ大気の項でくわ しくのべることにする。 ☆方位学は中国人の方位感覚から生まれた 中国は、日本のような地形の変化の激しい国とちがって、茫洋とした大平原や、海と見まごうばかりの だだっぴろい広い大河の国です。旅をするにも、行けども行けども目印一つないような荒野や、幾日幾夜 をついやして上り下りする大河と生活をともにしてきて、中国の人々の間に、私たち日本人からみれば、 信じられないような独特な方位感覚が育ったとしても、なんのふしぎもありません。その感覚が、天に 方位の道しるべとなるような星があるように、地にも、地上を支配して方位を定める星があるという考え になってあらわれてきたのだともいえるでしょう。 たとえば、中国四大奇書の一つと言われる『水滸伝』の冒頭には、洪大尉が道教の大本山である竜虎山 伏魔殿の中にとじこめられていた36の天ゴウ星、72の地サツ星を解放する話が出てきます。この百八 の星は、百八の魔神であると解釈できるのですが、この魔神は地に下って百八人の英雄豪傑に変わり、の ちに、梁山泊のサンサイにたてこもって武勇をふるうことになります。 古代の中国に、地の星 という概念があったことは、この物語からかもおわかりでしょう。 地の星、つまり、方位の星が存在しているとすれば、それはとうぜん、東・西・南・北・北東・東南 南西・西北の八方に分布しているはずです。それに自分が現在立っている中央を加えて合わせて九つ 難しい理屈を抜きにすれば、中国の「九星」の概念がこうして誕生したものであることは、まずまちがい ありません。 |